好きなこと


好きなことをしなさい。


そういう風に教えている親御さんはいるだろうか?




これいいと思うのよ。
好きなようにさせて、
なにかあったら叱る。
そういうやり方もあっていいと思うの。
秘密というのは持っておくべきだ。
いくらでもあってもいいし、
それを隠しておくのも明かすのも、君本人次第だ。

ただ、
秘密にはルールが有る。
現実でやってはいけない秘密なんて、隠している意味が無い。
社会には、ルールというものがある。

そのルールを守れないと、
人間は生きていけない。





人間というものは共存なのだから、
そのルールは護りたいものだ。
努力は続けることに意味がある。

その努力がなくなるとすぐに人は弱くなる。
続けていくことは困難だけど、
ずーっと続けていくことには成長という未来が待っている。
その人に何かしたいと思う感情は、
誰よりも素晴らしいものだ。

それをかなえられる力があればなお素晴らしいものだ。
人とは絶対的にそれを叶えたいと思い、
失敗するかどうかを永遠と試し続ける。


その感情は素晴らしいが、
それが他人の迷惑になってないかまでは考えておくべきだろう。
優しい人間は好かれる。


一番にそれでなれなくても、印象はずっと他人よりもいいだろう。



それで一番になれるならもっといい。


人には、
優しさというものがある。
まあ、ないひともいるっちゃいるかもしれないが、優しさは人に対しても優しくていいものだ。
まともに認められないことは悲しいものだ。


認められることに何かを感じるよりも、
認められることそのものが嬉しいと思うものだ。



私はだから思うのだ。
認めないことで相手に与えられる優しさがあるのではないだろうかと。
「幸福」とか、
「幸せになり福をもたらす」と書く。



その意味とは、
円満な家庭なのかもしれないし、
宝くじのような大きいものにあたって一躍億万長者になることなのかもしれない。



どちらにせよ。
私の幸せは、
家族とともに生きることだ。
誰よりも先に。


親よりも家族よりも他人よりも先に。



人生の先輩よりも
人生よ後輩よりも先に。



ずっとずっと更に先に。
永遠に誰よりも強くなるのならば、一瞬たりとも立ち止まってはならないのだ。
人間の体は細胞の集まりで出来ている。


その細胞のようにして会社もできている。
人の世界はなにかしらのことに一部になることが一番効率が良い。



細胞とは、
増えるだけ強くなれるのだから。
人生にある時間は限られている。



その人の生きられる時間には限界があり、どれだけ抵抗しても寿命が来たら時間切れだ。






いつまでもゆったりとはしていられないのだ。
人はだれかと出会って誰かと一緒にいるときもある。



人というのは生きている以上、
ある程度の意味で他人と同じ生き方をしている。



空気を吸わないと生きていけないのも同じである。
人は別に特別すぎるというわけでもない。
だからこそ、
どこかしらで個性がつくのかもしれない。
己の力だけで、
他人に頼らずそれで食っていける技術を持つものを、
プロという。




人とはなにかしら真似出来てそれをすれば強くなれると思うのだけど、
それは大きな間違いなのだ。