向上


常に常に前を向いて向上する。


そんな人間になりたいものだ。
常に常に成長して、常に常に邁進するその姿は、見るものを魅了するだろう。
昔は公衆電話と自宅電話だった。


それが
ガラケーになり
スマホになり
スマートウォッチになり、



次々と時代によって変わってきたのが、
「電話」というツールだ。
そのように、
人間も変わってきた。



原始時代には野生の動物を狩り
今ではパソコンで仕事をしている自分もいる。




人間ってのは、
常に変わって成長してきたものなのだ。
誰かの面倒を見る大切さは、
世の中を良くするのに似ている。



少しだけ誰かが力を貸せば人が助かることもあるし、
少しだけ誰かが仕事をすればみんなで大きな力になることもある。





人は必ず。
共存しているのだから当然のことなのだが。
使えるものは何でも使う。
だが、
使えないのならば迷わず捨てる。

それくらいに人というのはシンプルになれる。

シンプルになれないのならば、
それはまだ二流なのだ。
誰かと砂漠にしても誰かを貶めるにしても、

絶対にそれが真実なのか確かめられる時が来るのだ。
その真実に対して私たちは抵抗はできず、
完全にウケてに回らなくてはならないものだ。


それくらいに真実というものには価値がある。
だからこそ、
真実は話すべきものではないのだ。
勝てないのなら逃げてもいいんだ。




絶対に勝てない相手にまで、勝負を挑む必要などない。

逃げるが勝ち。
そういう人生もあっていいじゃないか。
これだけでいい。




生きるのにこれだけでいいと思うようなことがあるだろうか?


例えば無人島に流れ着いたらというと、
人それぞれで必需品がちがうというけど、
必需品にさえもある程度の許容条件がある。




簡単に言うと、
何もない世界に持っていけるものは、命と体しかないものだ。
誰よりも先に。


親よりも家族よりも他人よりも先に。



人生の先輩よりも
人生よ後輩よりも先に。



ずっとずっと更に先に。
永遠に誰よりも強くなるのならば、一瞬たりとも立ち止まってはならないのだ。
全力投球せよ。

立ち向かい続けることで超えられる壁もある。

越えられないのならばその壁に対して実力が足らないこともわかるのだから利益もある。
だからこそ
壁を超えるために力をつけて、
また戦ってみればいいのではないだろうか。
生きる目的は人それぞれだ。

永遠にその目的を目指すこともあるし、
目的を達成したらすぐに切り替えるものもいる。
目的とはすなわち、
達成するまで最高の存在だ。
どんな未来が来ようとも、
現在に生きている人間の殆どはまったく気にしていないだろう。

むしろ、
気にしていたら病気だって思われる。





さらに、
人生の殆どを未来につぎ込むのが人間だから、
いちいち立ち止まっていられないのもあるのだろう。
どちらにせよ、
未来はとてつもないことであっても、
現代では平和なのだ。
常識と戦え。


常に新しい世界があり、そして変化していく世界だ。




そしてそしてまたまた繰り返すことだ。

同じく成長してもその成長の差は経験した物事の差になる。

それくらいに、
人間とは新しいことに忠実であることを世の中で要求されるのだ。
夢なんて持つべきではない。




というよりも、
私的には夢を持つのはいいがその夢を叶えようとする努力の必要があるのかということだ。
夢というのは努力せずして手に入れることはできない。



それと同じように、
どんな物事も成功するには努力しなければならない。
私もそうやって努力してきた。