戦う


その事柄に対して戦うことは大切なことだ。


大切なことは逃げることができないという意味でもある。
戦い続けることに意味がないのと同じように、
戦い続けることには絶対的な効果があるのだ。
一般常識というのは、
最低限度持ち合わせておくものだ。



最低限度持ち合わせれば人生恐くなくなる。
それが持てないのはモラルを受け入れないということだ。




モラルを持って最低限度行動することで自由が得られるのであれば、
持ちたくなはないだろうか?
人にとって、
真実とは案外どうでもいいものだ。



それによって
知識的に得をしたり、
いい情報を得られたり、
そういうことがその人にとってのいいことなのだ。





人にとって、
真実とはどうでもいいことなのだ。
人とともに人は生きる。


常にそれが繰り返されて共存する現代が未来永劫人間の世界では出来上がってくる。




人は共存しなければ生きていけない。
その共存性は、必要不可欠なものなのだ。
時には
本を買ってみる。

そこには知識が詰まっていて、
そこには一時的な楽しいものが用意されているとしたら、
ワクワクしてこないだろうか?




好きなことはいくらでもある。
だが、
そんな余談程度のこともまた、一興で楽しいものだ。
いつでも緊急事態を予測しておこう。



そのために保存して置かなければいけない耐力を温存し、
絶対的勝負のときに全力以上を出せるよう備えておこう。




そうすることで、
人生はもっと豊かになる。
行動や仕事にも、
精密さを求めるべきだ。



いくらでも行動するには途中からの回復が必要だし、回復には休息が必要だ。





必要以上はどこかしら、
絶対的な行動の計算にて成り立つものだ。
正義と悪は共存している。

その相性は非常によく、
それが性善説と性悪説の差でよくわかる。


どうやったって、
相性が良いから考え方が違う関係性は一緒にいるだけで違う会話ができるから議論を永遠に続けられる。
人というのは、
数限りなく仲違いして共存している。
人間には遺伝子にさえ決められた限界がある。

別にそれ以上いけないわけではないが、
通常の人間の生き方では限界が有るようだ。


今では無限に生きる理論も確立されているらしい。
それくらいに、
人間は限界を超えるかどうかに興味が有るのだ。
そもそもだ。



私が格言を書くのにはまったく理由がない。



なぜかというと、
できるからやっているのだ。
できないわけではないことをやるのが人間当然であって、
できないことをできないでいるということもまた人間らしいといえば人間らしい。



当然、
普通にできることが仕事なのだから、
仕方ないのだ。
どんなときでもハキハキと。


声は自分の心も他人の心も揺れ動かす。
その強い気持ちが、
さらに体を動かすのだ。
人はだれかと出会って誰かと一緒にいるときもある。



人というのは生きている以上、
ある程度の意味で他人と同じ生き方をしている。



空気を吸わないと生きていけないのも同じである。
人は別に特別すぎるというわけでもない。
だからこそ、
どこかしらで個性がつくのかもしれない。
謎謎謎。




謎だらけ。

まったく意味がわからないことがあったりするのが世の中だ。





人の世界には、
そんな謎がいっぱいある。
そんな謎を数多く人生で見ていきたいものだ。