正直


物事に正直である人間はいい。



正直に人に物を言い、
正直に人に話すことで信頼を得る。



そういう人間になりたいものだ。
人は必ず、嘘をつきたいこともあるだろう。
だが、
正直に物を言うその姿で、そういう時と場合のしかたないことを、晴れやかに飾ろうではないか。
目上の人に対する時、
礼儀というものは必要だ。



その中でも、
同じくらいの人に対する礼儀は忘れがちだ。




必ずと言っていいくらいに、
人は話したこともない人には敬語を使う。
仲良くなってきたところで、その意味を理解するのだ。
植物を栽培するのはいいことだ。


環境的に緑が多いのは安らぐし、緑は本当に心を落ち着かせる。




自然にあるものというものが少なくなってきている現在、
そういうものを育てるということが、もしかしたら人を癒やす一番の方法かもしれない。
情報を守るということは大切だ。

例えば家族がいる時子供がピンチな時、
どうにもできないような自体があっては困るために親は全力で子供を守る。


その前準備として誰にも話さないことを設けている場合もある。
人間、
どんな情報もあまり他人に話すべきではない。
それが重要な情報だ。
どんな仕事でも物事でも、
効果が抜群に発することがままある。



その効果の原因を探ることは困難かもしれないが、そういうのが人の運であることは間違いないのだろう。





そのラッキーパンチを、
自分のものにした人間がいたら、絶対に誰よりも強いと思わないか?
圧倒的に強くても、
圧倒的に勝てることはない。


圧倒的というのは、それくらいに不完全なものだ。




すぐにその力には対策が打たれるし、その力を使わせない方法を仕込まれるだろう。

それくらいに、
強くなっても休まることはないものだ。
私にとってブログは資産だ。


その資産が失われるのは非常に不愉快だし、
それで生きているのだからそうなるもの仕方ない。



でもだ。
実際ブログは子孫に託せるし相続も出来るじゃあないか。
そう思うと、
その意味であれば、幸せなことである。
金属などのアレルギーを同じように、
人にもアレルギーはある。

相手を接するだけで嫌だと思うこともあるし、その相手と接するだけで精神が折れることもある。

嫌という感情は絶対的ではないが、
その人が嫌という感情は、
なかなか変えられるものではないから、人間とは生きることで上手くやることが大事なのだ。
人は睡眠中にそれらの情報を分別する。


人は必ず、
どこかで要らなくなったものを処分するし、
人は必ず、
どこかで整理整頓をしなければいろいろなもので埋もれてしまう。




人にとって、
これだけ必須なものはない。
物事を分別して考えるのは大事だ。
どんな物語にも完結はあるものだ。



だからこそ、
人間の人生にも完結がある。




永遠につづく人生はないのだから、その完結するストーリーを、人は盛り上げなければいけないのだ。
運も強さの一つだ。



誰よりも運が良ければそれはその人の個性の一つだ。


仕事なんて言うのは、
運でもある。
実力と計算、そして運だ。
限界以上に力を使い切ることをする必要はあるのか?


絶対に成功させたいビジネスがあるとして、
本当にそこまで必要なのかというくらいに必要な力を発揮できるだろうか?




それでもいいのだ。
ここ一番頑張らないといけないときに頑張れなくて、どうするのだ。
ケンカは止める必要がない。

仲裁すればいいのだ。
悪いことに対して何を言うのかは自由だし、ダメなことをダメで終わらせるよりも、
相手とぶつかって解決してみたらいいのだ。




その中で、
何かが生まれればそれでいいじゃないか。