リスク


言ってみれば
「この世の中リスクだらけ」
だ。
たった一歩のミスで問題があっただけで仕事を追われるなんて当たり前だ。
そういうリスクを考えられるために中学高校で
「法律」

「常識」
を習ったのではないだろうか?

生きていればリスクだらけだ。
そのリスクは人を危機に陥れる時もあるし、人を救う時もある。
その日少しでも前に勧めたという実感は、
その人の未来を絶対的に明るくする理由になるだろう。


前へ進むことが大事なのは、
その未来に対して絶対的に大切なことを決めるのに必要だからだ。
事実、
人っていうのは案外めんどくさがりなのだ。



人には必ず一定の性分的なものがあって、
その性分があっと的普遍性を生んで集団を形成しているのだ。





その中で目立つものがいるとしたら、
その普遍性から突拍子もない変わり方をした、人間たちなのだろう。
正義の味方なんて存在しない。




正義というのは振りかざすものではなく、行使出来るだけだ。


だからこそ、
正義は存在できる。
悪がない限りは正義はない。
だからこそ、
この世界は安定できる。
どんなものにも勝てないくらいの輝きがあるのなら、
その才能を伸ばすべきだ。


誰にでもある才能も、
もしかしたら誰よりも強い能力かもしれないだろう?
ものごとには、常識というものがある。


倫理性というやつだ。
その倫理に欠けると常識に欠け、その倫理を考察することで人の世の中は向上していく。





倫理性とは、
世の中にとっては必要不可欠なものなのだ。
人間だから仕方ないことはある。

どうしても人を恨むし嫌がるし、
どうしても愛せない相手がいるのも当たり前だ。
だからこそ、
人を愛すことをやめてはいけないのだ。



人を愛すことだけが、そのネガティブな感情を唯一打破できる事柄なのではないだろうか。
知識を蓄えるのに意味はあるのか?

これはコミュニケーション能力を鍛えるという意味ではとてつもなく重要だ。
頭のいい大学生が知識や頭がいいから早口なのはこれが理由だ。


普通の人間のスピードよりも圧倒的なほどの会話力なのである。
よく、
「頭のいいやつは話ができない」
といわれるが、
実際のところ、
ただ単に知識の量が多く自分が強いと思ってしまっているので、コミュニケーションを鍛える必要が無いからそうなるのだ。
むしろ、そう非難するほうがコミュニケーション能力が人並みだけなのかもしれないだろう?
日本には、
「ヲタク(オタク)」と呼ばれる文化的なものがある。


オタクとは、
日本固有の「アニメ」やら「ラノベ」やらを愛してやまない外国で言えば「GEEK」たちの総称で、
日本ではそれを通じていろいろなつながりが海外ともできている。



素晴らしいことじゃないか。
それでいいのだ。
日本の文化を広めてくれれば、必ず日本の資産になる。
海外からはその文化がいいとされて、
海外にもそういう文化を持ちたいという若者も増える。
本当に素晴らしいことだ。
全力投球せよ。

立ち向かい続けることで超えられる壁もある。

越えられないのならばその壁に対して実力が足らないこともわかるのだから利益もある。
だからこそ
壁を超えるために力をつけて、
また戦ってみればいいのではないだろうか。
どんなことにも、
決まり文句をつけておくのはいいことだ。


「これはこれでいいのだ」
とか
「これはこうするといいのだ」
とか、
どうでもいものにもそういうことで適当につけてしまうと、
なんだかカッコよくなる。




人生とは、
そういう適当のつなぎ合わせだ。
行動はなるべく迅速に対処したほうが良い。


それは仕事だけではなく、
プライベートも全てだ。



後回しで厄介なことになることだってあるからこそ、行動はすべてスピード勝負くらいでいいだろう。
どんな仕事でも物事でも、
効果が抜群に発することがままある。



その効果の原因を探ることは困難かもしれないが、そういうのが人の運であることは間違いないのだろう。





そのラッキーパンチを、
自分のものにした人間がいたら、絶対に誰よりも強いと思わないか?