博識


なんでも知っている人間のことを博識と言うが、
なんでも知っているからと言って人と話せるのではない。



その知識によって、
人と話せる幅が広がるのだ。
知識とは、すべての人間の動作で必要不可欠な車で言えばガソリンのようなものなのだ。
勝負というのは一期一会だ。


戦って勝っても負けても次に会うときにはもうその相手は違う相手で勝敗は二度と取り戻せない。
勝負とは絶対に決着がつく。


次はない。
絶対に。
絶対的に手の届かない世界がある。


宇宙にはその価値がある。
何もない世界だけど、
そこにはなにかがあるし、夢を求めてロケットを打ち上げる人もいる。





その夢がある世界に、魅了されてみないだろうか。
人生をかけて、
一つの作品を作る人はカッコいい。



それと同じく、
人生において、
何かしら作品を残せる人はカッコいい。






平凡よりも、
そういう人生に惹かれるのは、人の性だ。
いつまでも全力で。


時には叫びながら限界を超えるのもまたいいことだ。


それくらいに「スーパー」にあふれるやる気があれば、
どんな困難も大抵は乗り越えられるだろう。
いつでも緊急事態を予測しておこう。



そのために保存して置かなければいけない耐力を温存し、
絶対的勝負のときに全力以上を出せるよう備えておこう。




そうすることで、
人生はもっと豊かになる。
作業には、
一ミリのムダも許さない。



時間の無駄だし人生の無駄だ。
一般常識というのは、
最低限度持ち合わせておくものだ。



最低限度持ち合わせれば人生恐くなくなる。
それが持てないのはモラルを受け入れないということだ。




モラルを持って最低限度行動することで自由が得られるのであれば、
持ちたくなはないだろうか?
人生に特別なんてない。


すべてが必然で、
誰かの何かが原因となってその自体が起こっているはずだ。




なにかが違えば、
その環境にいる何かが特別強い影響があったのだろう。
なんでもかんでも簡単に決めるな。


でも、
それでいいんじゃないの?

ミュージシャンになりたいとか、そう思ってもなれないでしょ?
じゃあ、
なれる人は才能があるのよ。




なれるかなれないかなんてどうでもいいのよ。
社会に出るっていうのは、
ルールや規則を守れれば、子供でも稼いでも誰も文句を言わないのよ。
圧倒的に強くても、
圧倒的に勝てることはない。


圧倒的というのは、それくらいに不完全なものだ。




すぐにその力には対策が打たれるし、その力を使わせない方法を仕込まれるだろう。

それくらいに、
強くなっても休まることはないものだ。
必要以外の者は最低限度にしたい。


最低限度のほうが動くと気楽だし、
さしてストレスなく過ごせるからだ。


世ではミニマリストと言われる人が増えている。
私はどっちかというと、
人生をミニマムにしていっている人だ。