越える


誰よりも先に。


親よりも家族よりも他人よりも先に。



人生の先輩よりも
人生よ後輩よりも先に。



ずっとずっと更に先に。
永遠に誰よりも強くなるのならば、一瞬たりとも立ち止まってはならないのだ。
なんでもできるならば魔法でもあったら便利だと思わないか?

だが、
魔法なんてものは世の中を便利にするだけで、
たいしてこの現代で使えてもさして意味が無いように思えないか?


空を飛べたとして、
ジェット機に巻き込まれるような気がする。



それくらいに、
この現世は完璧なのだ。
社会に出ると、
必ず先輩がいるものだ。


仕事先の先輩、
元々学生だったのなら学校の先輩も必ずいる。



その社会で学ぶことは学校よりも何倍も多い。
それが社会人というものだ。
人生に、
意味があることってどんなことだと思う?



就職すること?
結婚すること?
それとも
生きていることそのものだったりする?




うーん。
私的に思うけど、別に意味があるものって人それぞれ違うものなのよ。
例えば働きたくない人は働かないことはできないでしょ?
例えば、
ずーっと子供でいたいって言っても子供のままで生きられる人っていないでしょ?
こういう問題なのよ。
わがままをわがままでいていいはずもないって言われるの。
だから、
人それぞれで自分で意味を決めておかないと、
どうやっても解決しない物事って、あるような気がするの。
好きに生きている人間。


なにかに縛られている人間。

常にそういう人間を見ていると、縛られていような縛られてなかろうが、送っている人生に大差はないとわかる。



人間なんて、
みんな同じなのだ。
一般人。

広く言えば世間一般全てのことを指す。
それは普通ということなのか波動として、
普通ならば、
普通に犯罪などはしないようにしないと、一般人を名乗れないのかもしれない。
常に新しくあり続けよう。



そして、
常に最新であろう。
常に追い求めよう。





そうして前へ進んでいくのが、人間であり科学者である。
物の価値は人それぞれで違う。

骨董品でも興味が無い人からしたら普通に食卓で出す皿として扱うほどになるだろう。
人とは自分が主体だ。



だからこそ、
絶対的に儲ける方法はないし、絶対的に万人に受ける手段はないのだ。
人と接するときに、
自分のことをわかってもらおうとするべきではない。



相手がそもそも貴方のことを好きかどうかは相手が決めることなのだ。
まず、
「適当であること」
これがないとマジメにやりすぎて疲れてしまうじゃないか。



次に、
「真面目さは常にいらない」
集中力とかそういうのは無限に続くものではない。
だからこそ、
一時的でいいからその真面目さを貫くときを常に持っておくことが重要。



まあ、
他にもあるのだが、
こういう風に、自分だけしか持っていないような信念っていうのは使えるものだ。
太陽は絶対に次の日に登る。



雲で覆われて見えなくても、
絶対に太陽は地球に光を灯す。





その光の大切さを、忘れてはいけないのだ。
完璧にはなれない。




だが、
完璧になろうとすることはいいことだ。


完璧であることに悪いことはないし、
何よりそのほうが仕事がはかどる。




完璧を目指すのはいいことだ。
どんなに疲れても気合でなんとかなるっていうように、
昔の人は言うけれど、

私はそれはあっていると思う。



気合というよりも精神力がないと行動ができないのと同じで、疲れていると家からも出たくなくなるのと同じことだ。


それだけに、
気合、精神力というのは大切なモノだということなのだ。