緻密


計算とは緻密でなければならない。



細かい計算と精密な頭脳は、どんな世界も渡り歩けるだろう。





事実、
計算能力は鍛えられるのだ。
宇宙にも限界がある。



宇宙とは常に拡大し続けているが、
実質問題、
拡大しているだけでどこかしら許容限界があるのだ。



だからこそ、
人間もそういう可能性を広げ続ける宇宙のような気持ちで生きてみたら、楽しいのではないだろうか?
人は共存しなければ生きていけないが、
それは人が必ずしも永続的に共存しなくてはいけないものではない。



一回疲れたら休んでもいい。




だが、
この世界は必ず、
共存なくして生きられないのだ。
そもそもテコ入れをする必要があるのだろうか?


なんににでも不完全はあるものだし、絶対に完成されたものはない。
まあ、
だからこそ、テコ入れの必要がある場合もあるのだろうが。
人生に特別なんてない。


すべてが必然で、
誰かの何かが原因となってその自体が起こっているはずだ。




なにかが違えば、
その環境にいる何かが特別強い影響があったのだろう。
運も強さの一つだ。



誰よりも運が良ければそれはその人の個性の一つだ。


仕事なんて言うのは、
運でもある。
実力と計算、そして運だ。
全力投球せよ。

立ち向かい続けることで超えられる壁もある。

越えられないのならばその壁に対して実力が足らないこともわかるのだから利益もある。
だからこそ
壁を超えるために力をつけて、
また戦ってみればいいのではないだろうか。
圧倒的戦力に圧倒的実力。


圧倒的というだけで解決しない物事がある通り、圧倒的に強い人間には太刀打ち出来る要素がない。
圧倒的とは、
本当に相手との差が埋まらないほどの力の差があるということだ。
人間だから仕方ないことはある。

どうしても人を恨むし嫌がるし、
どうしても愛せない相手がいるのも当たり前だ。
だからこそ、
人を愛すことをやめてはいけないのだ。



人を愛すことだけが、そのネガティブな感情を唯一打破できる事柄なのではないだろうか。
なんとなくでいい。

たったそれだけで成功することもあれば失敗することもあるのだからさして問題ではない。
つまり、
普通と同じだからそれでもいいのだ。
感覚を研ぎ澄ませ。


一瞬一秒でも無駄にするな。



全身全霊の一撃ならば、
どんな相手も倒せるかもしれない。


決して諦めるな。
物事に正直である人間はいい。



正直に人に物を言い、
正直に人に話すことで信頼を得る。



そういう人間になりたいものだ。
人は必ず、嘘をつきたいこともあるだろう。
だが、
正直に物を言うその姿で、そういう時と場合のしかたないことを、晴れやかに飾ろうではないか。
日本には、
「ヲタク(オタク)」と呼ばれる文化的なものがある。


オタクとは、
日本固有の「アニメ」やら「ラノベ」やらを愛してやまない外国で言えば「GEEK」たちの総称で、
日本ではそれを通じていろいろなつながりが海外ともできている。



素晴らしいことじゃないか。
それでいいのだ。
日本の文化を広めてくれれば、必ず日本の資産になる。
海外からはその文化がいいとされて、
海外にもそういう文化を持ちたいという若者も増える。
本当に素晴らしいことだ。