好み


人には好き嫌いがある。



まったく
好き嫌いがない人はいない。
必ず人は好きなものが有り、そして嫌いなものがある。





その好みで、
人は趣味や生活を選ぶのだ。
秘密というのは持っておくべきだ。
いくらでもあってもいいし、
それを隠しておくのも明かすのも、君本人次第だ。

ただ、
秘密にはルールが有る。
現実でやってはいけない秘密なんて、隠している意味が無い。
この現代社会において。


情報とは大事なものだ。
情報社会というくらいだからそれはもう大事だ。





それらを守る職業もあるし、
それらを管理する職業もある。
今の世の中とは、
情報でできている。
戦う覚悟があるか。



上に立ち向かう気持ちは常にあるか?


絶望というのは好奇心と同じだ。
故に、
戦えるかが勝負である。
絶対的に強い人間も、
生まれた時は赤ん坊で、一番弱かっただろう。




だが、
成長して強くなり続けるうちに最強になるのだろう。


だからこそ、
大人になっても弱い人間は、
それよりも上を目指せるのだから努力の分だけ上に行けるのだ。
最強である最大であるトップは、
絶対に最強だが、
一番下にいる人間たちを恐れないはずもないと私は理解している。
どんなに疲れても気合でなんとかなるっていうように、
昔の人は言うけれど、

私はそれはあっていると思う。



気合というよりも精神力がないと行動ができないのと同じで、疲れていると家からも出たくなくなるのと同じことだ。


それだけに、
気合、精神力というのは大切なモノだということなのだ。
誰よりも先に。


親よりも家族よりも他人よりも先に。



人生の先輩よりも
人生よ後輩よりも先に。



ずっとずっと更に先に。
永遠に誰よりも強くなるのならば、一瞬たりとも立ち止まってはならないのだ。
そもそもテコ入れをする必要があるのだろうか?


なんににでも不完全はあるものだし、絶対に完成されたものはない。
まあ、
だからこそ、テコ入れの必要がある場合もあるのだろうが。
日本には、
「ヲタク(オタク)」と呼ばれる文化的なものがある。


オタクとは、
日本固有の「アニメ」やら「ラノベ」やらを愛してやまない外国で言えば「GEEK」たちの総称で、
日本ではそれを通じていろいろなつながりが海外ともできている。



素晴らしいことじゃないか。
それでいいのだ。
日本の文化を広めてくれれば、必ず日本の資産になる。
海外からはその文化がいいとされて、
海外にもそういう文化を持ちたいという若者も増える。
本当に素晴らしいことだ。
自分に従事るものを眷属という。



その眷属とは支配ではなく、真っ当な従属関係である。


つまり、
その人間を信じて付き合うことである。





眷属というものは絶対的ではない。
だからこそ、
主従のよう主が強制的というわけではないのだ。