ルール


社会には、ルールというものがある。

そのルールを守れないと、
人間は生きていけない。





人間というものは共存なのだから、
そのルールは護りたいものだ。
優しい人間は好かれる。


一番にそれでなれなくても、印象はずっと他人よりもいいだろう。



それで一番になれるならもっといい。


人には、
優しさというものがある。
まあ、ないひともいるっちゃいるかもしれないが、優しさは人に対しても優しくていいものだ。
遊んでいる人は自由でしょ?

それはそうよ。
仕事では頑張らないといけないもの。




遊んで暮らせるといいけども、
ハメ外している時点で幸せがまだつかめないって思うもの。
常に遊んでいられるのならば、何がしたいですか?
遊ぶことが仕事だったら、楽しいですか?

答えは、
「遊ぶことが仕事になったらストレスがないなんてことはないし、
逆に、仕事が楽しみだったらいつでも毎日幸せでしかないはず。」
ってことです。
適当に生きる人間には理由がある。

そもそも適当に生きられないから人生難しいのだから、適当に生きるために努力をしていないのであればその人は生きてさえいないだろう。



それくらいに怠けるとか適当とか言えないものだ。
人はそれくらいに真面目なのだ。
世界は広い。



その広い世界で唯一人自分というものがそれぞれいる。


その世界で何をするかはその人次第。
だがそれも、
また一興なのだ。
人が人生を営む上で、
生活は最も大事な項目だ。



衣食住というくらいに、
住は大切なものである。





人の暮らしは人それぞれ。
千差万別あるが、人はそれぞれそして世の中と共存している。
私が私である根源は何か。



私が私として生きているからか?
私が誰かに私として理解してもらっているからか?


いや、
違う。



私がまだ生きているからだ。
力を強調する必要はない。


だが、
その力で守れるものがあるのならば、
守ったほうがいいのだろう。




そして、
その守れる力があるからこそ、
守れるものもいるのかもしれない。
勝てないのなら逃げてもいいんだ。




絶対に勝てない相手にまで、勝負を挑む必要などない。

逃げるが勝ち。
そういう人生もあっていいじゃないか。
この世界に、
正解というワードはない。




正義も悪も、
味方が違えば逆にもなる。


どうやったって表裏一体でいいところもあれば悪いところもある。



この世界は、
白か黒かではない。
白も黒もあるのである。
人生にある時間は限られている。



その人の生きられる時間には限界があり、どれだけ抵抗しても寿命が来たら時間切れだ。






いつまでもゆったりとはしていられないのだ。
己の力の無さに気づいた時、
人は分不相応をわきまえなければならない。


圧倒的に強いのかなんて関係がない。


その力に見合った態度をし、
その力に見合った行動をしなければならない。





人の立場や行動範囲が変わるように、実力と立場に見合ったものも、変えていかなければならなのだ。
どんなことにも成果を求めよう。


どんなことにも成果を求め、
失敗はフィードバックしよう。



勝てることが勝利ならば、
そのために努力しよう。
どんな努力も、その成果の積み上げにより達成されるのだ。