フランク


人と接するときに、
自分のことをわかってもらおうとするべきではない。



相手がそもそも貴方のことを好きかどうかは相手が決めることなのだ。
自分の中にある殻というのは、
打ち破れないと外に出られないものだ。


常に常にその殻が卵の薄皮のようにあり、それを破っていく度、
新しい自分に出会える。




人は常に一定の場所にいたいと思うしそれ以上を求めない。
だが、
その限界を超える気持ちを持っていたなら、
常に強い人間になっていけるだろう。
何から何まで、
正義感というものは強い。




正義感を持つことで人を守り、正義感を持つことで何かをなし得る人は多い。



その正義に意味があるのであれば、持っておいて損はないのではないだろうか?
最強の一撃か。




最大の攻略法か。




どっちでもいい、
だが、
どっちかが最強でなければ絶対に最強には勝てない。
永遠の愛などない。


どれだけ愛していても、かならず一度は限界が来る。

人の愛情とは、
一回終わっても復活するから継続できていくのである。



人は人がいることがストレスになる生物だ。
どれだけ一緒にいても、
ストレスになるのだから、愛は終わっても繋いでいくものだ。
誰かの面倒を見る大切さは、
世の中を良くするのに似ている。



少しだけ誰かが力を貸せば人が助かることもあるし、
少しだけ誰かが仕事をすればみんなで大きな力になることもある。





人は必ず。
共存しているのだから当然のことなのだが。
世の中には、
手に入るものと手にはいらないものがある。

それは愛であれ友情であれ手にはいらないものは手にはいらない。

だから絶対的な友情はないし信頼もない。


人というのは、
生きている間常に罪深いのだ。
他人に対してゴマをする。

これを、
卑怯なことと言うが、
騙される方も悪いのだ。



相手がそうやって擦り寄ってきても、
相手しなければいいことだし、
世の中そんなに甘くはないのだから、当人同士の問題で済めば誰も被害に合わないで済むはずだ。

だから、
そうやって楽しくいられればみんなが幸せだ。
それが他人を巻き込むのであれば、
絶対にただじゃすまないんじゃないだろうか。


人は常に、誰かと楽しく生きたいものなのだから。
永遠につづく人生ではない。


どこかで終了、
どこかで限りがある。



その人生を、
送る方法を模索するのが、成長というものだ。
一般人。

広く言えば世間一般全てのことを指す。
それは普通ということなのか波動として、
普通ならば、
普通に犯罪などはしないようにしないと、一般人を名乗れないのかもしれない。
戦っても戦っても特をしないのが戦いだ。

これに得を求めてはならない。
やればやるだけ無駄な犠牲は増えるのだから、戦いとは自分の誇りを誇示するための争いなのだ。
どんな行動も、感覚が重要だ。



どんな几帳面でも同じことは同じことに起こらず、
常に新しいことが現在では起こっている。






いつも同じなんてことはない。
新しい行動が、新しい世界を生むのだ。
世の中、
理解できないことはいくらでもある。




勝てないほど強い人に、
意味のないのに稼ぎになっている職業、勝てないはずのギャンブルだって、
何故か勝っている人がいる。





世の中ってのはそういうもんだ。
わからないことにさえわかって勝っている人がいるものだ。