買い物


欲しいものを買うとき、
ちょっと我慢できそうならば迷うべきだ。


あと、
友達とショップングへ行っても気分で余計なものを買ってしまわないようにするべきだ。





それくらいに、
人とはお金に甘いモノだ。
好きなものも、いらなければ買っただけで終わってしまうのだ。
夢なんて持つべきではない。




というよりも、
私的には夢を持つのはいいがその夢を叶えようとする努力の必要があるのかということだ。
夢というのは努力せずして手に入れることはできない。



それと同じように、
どんな物事も成功するには努力しなければならない。
私もそうやって努力してきた。
人のことを語る上で、
人柄を話すのは理由がある。



人柄というのは、
その人の人格である。
それを聞いた他人は、すぐに「スゴい人なんだな」とか「いい人生だな」
なんて思ったりもする。




人の人生なんて、
他人が決めることだ。
その噂や情報や、他人から他人に伝わるものだから。
宇宙にも限界がある。



宇宙とは常に拡大し続けているが、
実質問題、
拡大しているだけでどこかしら許容限界があるのだ。



だからこそ、
人間もそういう可能性を広げ続ける宇宙のような気持ちで生きてみたら、楽しいのではないだろうか?
正義と悪は共存している。

その相性は非常によく、
それが性善説と性悪説の差でよくわかる。


どうやったって、
相性が良いから考え方が違う関係性は一緒にいるだけで違う会話ができるから議論を永遠に続けられる。
人というのは、
数限りなく仲違いして共存している。
常に時代は移り変わる。


新しい時代には新しい現象、機器、道具がある。





その新しい時代には新しい人間がおり、
その時代のリーダーになる。
そして、
それが現代でもあるのだ。
「一族の誇りを持て」
とか、
「家族の代表なんだから」
とか、


正直私の場合どうでもいいことなのだ。
私は長男だが、
その一家の代表として立派に生きたいとか、
そういう情熱はまったくない。




これからの家族をどうやって養うのか、
くらいにしか考えていない。
それくらいに、私は無難なのかもしれない。
だが、
このご時世、こういう家庭もいいではないか。
現代には過去がある。


過去があるからみんな生きている。


それがなければいないわけでもないだろうが、現代の社会の仕組みはその歴史のおかげて培われている。
時代とは、
人の現在の姿だ。
どんなことにも成果を求めよう。


どんなことにも成果を求め、
失敗はフィードバックしよう。



勝てることが勝利ならば、
そのために努力しよう。
どんな努力も、その成果の積み上げにより達成されるのだ。
人類の住む地球に比べて、
宇宙の規模とサイズはもっともっと大きい。




その広大な宇宙でどんな物事が起こっているのか人は知りたくて宇宙という世界を夢見る。




世界は広い。
だが宇宙は、もっと未知のものがあって広いのだ。
圧倒的に強くても、
圧倒的に勝てることはない。


圧倒的というのは、それくらいに不完全なものだ。




すぐにその力には対策が打たれるし、その力を使わせない方法を仕込まれるだろう。

それくらいに、
強くなっても休まることはないものだ。
その人の生き様はその人の人生に由来する。



その人の成長過程やその人の経験はともなれど、その人の力強い生き方は、
その人の人生を経ていなければ今に至らない。




人生を生きるとは、
そうやって紡がれていくストーリーも、またいいものなのだ。
決めたことを守ることは大切だ。

その日何をしようとか、
その時どうするかとか、

決めておくのもいいだろう。
たとえそれが違う時だとしても、それは決めていることで他のことと考えればよいのだからより一層効率的になるではないか。