意味あるもの


人生に、
意味があることってどんなことだと思う?



就職すること?
結婚すること?
それとも
生きていることそのものだったりする?




うーん。
私的に思うけど、別に意味があるものって人それぞれ違うものなのよ。
例えば働きたくない人は働かないことはできないでしょ?
例えば、
ずーっと子供でいたいって言っても子供のままで生きられる人っていないでしょ?
こういう問題なのよ。
わがままをわがままでいていいはずもないって言われるの。
だから、
人それぞれで自分で意味を決めておかないと、
どうやっても解決しない物事って、あるような気がするの。
計算とは緻密でなければならない。



細かい計算と精密な頭脳は、どんな世界も渡り歩けるだろう。





事実、
計算能力は鍛えられるのだ。
パーフェクトなことなどない。



完全無欠な人間などいないのと同じで、絶対に無敵な人間はいない。


それは人だから当然だし、
生き物だからこそ当然あって当たり前の力だ。


人は不完全だから、
前を向いて歩くことが出来るのだ。
人にとって、
真実とは案外どうでもいいものだ。



それによって
知識的に得をしたり、
いい情報を得られたり、
そういうことがその人にとってのいいことなのだ。





人にとって、
真実とはどうでもいいことなのだ。
人とともに人は生きる。


常にそれが繰り返されて共存する現代が未来永劫人間の世界では出来上がってくる。




人は共存しなければ生きていけない。
その共存性は、必要不可欠なものなのだ。
謎謎謎。




謎だらけ。

まったく意味がわからないことがあったりするのが世の中だ。





人の世界には、
そんな謎がいっぱいある。
そんな謎を数多く人生で見ていきたいものだ。
もし、
絶対に強いと思うのであれば、

自分よりも強い相手に対して恐怖は感じるかどうか聞くと本物かどうか分かる。




どうしても強くなると、
相手に対して軽んじる発言をするようになり、
勝てるとか思っていたら負けてしまうことがある。



だが、
本当に強い人間は、
自分より強いものに対して絶対的恐怖心がある。
100%でも勝てないと思ったことがあるか聞いた時、強い人間は、「ある」と即答できる。



それくらいに、
恐怖に打ち勝てなければ、100%を超えた戦いをして相手を倒すことができないからだ。
勝てないのなら逃げてもいいんだ。




絶対に勝てない相手にまで、勝負を挑む必要などない。

逃げるが勝ち。
そういう人生もあっていいじゃないか。
太陽は絶対に次の日に登る。



雲で覆われて見えなくても、
絶対に太陽は地球に光を灯す。





その光の大切さを、忘れてはいけないのだ。
そもそもだ。



私が格言を書くのにはまったく理由がない。



なぜかというと、
できるからやっているのだ。
できないわけではないことをやるのが人間当然であって、
できないことをできないでいるということもまた人間らしいといえば人間らしい。



当然、
普通にできることが仕事なのだから、
仕方ないのだ。
「一族の誇りを持て」
とか、
「家族の代表なんだから」
とか、


正直私の場合どうでもいいことなのだ。
私は長男だが、
その一家の代表として立派に生きたいとか、
そういう情熱はまったくない。




これからの家族をどうやって養うのか、
くらいにしか考えていない。
それくらいに、私は無難なのかもしれない。
だが、
このご時世、こういう家庭もいいではないか。
便利なものは使いたい。

その便利なものを使うと時間が短縮できるとか、かなりいいと思うだろう。



それはでも、
成長には関係がない。
成長したいのならば絶対的に不便な方がいい。

なんでもできる必要などないが、
なんでもできるようになることは一番仕事などで強くなれる方法になるだろう。
どんなことにも、
決まり文句をつけておくのはいいことだ。


「これはこれでいいのだ」
とか
「これはこうするといいのだ」
とか、
どうでもいものにもそういうことで適当につけてしまうと、
なんだかカッコよくなる。




人生とは、
そういう適当のつなぎ合わせだ。