人なんてさして重要でもない。

この世界には人以外にもたくさんの生き物がいてそれらと人間は共存しているのだから特段変わったことでもない。


人というのは意外と自分勝手だから、
あまり必要のない人間関係なんて作る必要が無いのだ。
なんとなくでいい。

たったそれだけで成功することもあれば失敗することもあるのだからさして問題ではない。
つまり、
普通と同じだからそれでもいいのだ。
いわゆる、
ショートメッセージサービス。

略して「SNS」だが、
これは結構いいものだと思う。



コミュニケーションツールが増えてきた今、
老人でも普通にそういうツールで無料電話とかチャットを楽しむような文化になってきたのである。


むしろ、
そういうものに迎合することでいろんな人とのコミュニケーション方法が増えるのは願ったり叶ったりではないか。
誰とでも無料で話せたり、
誰とでもすぐに若者は知り合ってオフ会などに出られサークル活動も大人も出来るようになった。



今の時代、
そういうものでも幸せにやっている人がいることも、
また幸せなのだ。
己の力だけで、
他人に頼らずそれで食っていける技術を持つものを、
プロという。




人とはなにかしら真似出来てそれをすれば強くなれると思うのだけど、
それは大きな間違いなのだ。
どんな未来が来ようとも、
現在に生きている人間の殆どはまったく気にしていないだろう。

むしろ、
気にしていたら病気だって思われる。





さらに、
人生の殆どを未来につぎ込むのが人間だから、
いちいち立ち止まっていられないのもあるのだろう。
どちらにせよ、
未来はとてつもないことであっても、
現代では平和なのだ。
規則とは守るものだ。

永遠に守らなければならないのではなく、
それらは進化していくものだ。
永遠に変化しない規則やルールはなく、
それがないことすなわち、
進化しないということである。


永遠に進化しないのであれば、人間は成長しないだろう。
最高一択の人生か。





全てが良いもので溢れた人生か。









人は必ず追い求め、

その答えにたどり着く。

どの答えがその先にあるのか、人生の中で探してみると面白いものだ。
その人生に後悔するだろうか?




誰かが見たら恥だと思う人生を生きてはいないだろうか?

人というのは
誰よりも立派な人生を送りたいと思うようにできていて、絶対に認められるからこそ生きていることを自覚するものだ。






人というのは、
絶対に立派になりたくて、後悔する人生を送りそうになるものだ。
そもそもだ。



私が格言を書くのにはまったく理由がない。



なぜかというと、
できるからやっているのだ。
できないわけではないことをやるのが人間当然であって、
できないことをできないでいるということもまた人間らしいといえば人間らしい。



当然、
普通にできることが仕事なのだから、
仕方ないのだ。
この世界に、
正解というワードはない。




正義も悪も、
味方が違えば逆にもなる。


どうやったって表裏一体でいいところもあれば悪いところもある。



この世界は、
白か黒かではない。
白も黒もあるのである。
自分に従事るものを眷属という。



その眷属とは支配ではなく、真っ当な従属関係である。


つまり、
その人間を信じて付き合うことである。





眷属というものは絶対的ではない。
だからこそ、
主従のよう主が強制的というわけではないのだ。
常に新しくあり続けよう。



そして、
常に最新であろう。
常に追い求めよう。





そうして前へ進んでいくのが、人間であり科学者である。
他人に対してゴマをする。

これを、
卑怯なことと言うが、
騙される方も悪いのだ。



相手がそうやって擦り寄ってきても、
相手しなければいいことだし、
世の中そんなに甘くはないのだから、当人同士の問題で済めば誰も被害に合わないで済むはずだ。

だから、
そうやって楽しくいられればみんなが幸せだ。
それが他人を巻き込むのであれば、
絶対にただじゃすまないんじゃないだろうか。


人は常に、誰かと楽しく生きたいものなのだから。