太陽


太陽は絶対に次の日に登る。



雲で覆われて見えなくても、
絶対に太陽は地球に光を灯す。





その光の大切さを、忘れてはいけないのだ。
回復力は必要だ。




どんなハードな仕事も回復力があればすぐに翌日にまた行動できる。



だが、
もしそういうことがなかったら。
もちろん、
回復できずにクオリティは落ちるだろう。
常に常に最強である。



勝つために遠慮せず、常に邁進すべきである。


可能性はそれ以上に計算し、
最大パワー以上の最大パワーを常に得ていくべきである。
遊んでいる人は自由でしょ?

それはそうよ。
仕事では頑張らないといけないもの。




遊んで暮らせるといいけども、
ハメ外している時点で幸せがまだつかめないって思うもの。
常に遊んでいられるのならば、何がしたいですか?
遊ぶことが仕事だったら、楽しいですか?

答えは、
「遊ぶことが仕事になったらストレスがないなんてことはないし、
逆に、仕事が楽しみだったらいつでも毎日幸せでしかないはず。」
ってことです。
正義と悪は共存している。

その相性は非常によく、
それが性善説と性悪説の差でよくわかる。


どうやったって、
相性が良いから考え方が違う関係性は一緒にいるだけで違う会話ができるから議論を永遠に続けられる。
人というのは、
数限りなく仲違いして共存している。
「幸福」とか、
「幸せになり福をもたらす」と書く。



その意味とは、
円満な家庭なのかもしれないし、
宝くじのような大きいものにあたって一躍億万長者になることなのかもしれない。



どちらにせよ。
私の幸せは、
家族とともに生きることだ。
誰かと砂漠にしても誰かを貶めるにしても、

絶対にそれが真実なのか確かめられる時が来るのだ。
その真実に対して私たちは抵抗はできず、
完全にウケてに回らなくてはならないものだ。


それくらいに真実というものには価値がある。
だからこそ、
真実は話すべきものではないのだ。
何でも、
新しいことっていうのは新鮮味があっていい。


新しい生活、
新しい家、
新しい人間関係。




どんなこともポジティブに変わる。
そんなものでいいんじゃないだろうか?
別に急いで歩いているわけでもないのだし、次の暮らしに目を向ければ、それでいいのじゃないだろうか。
どんな新しいパソコンを買っても、
初期設定は絶対にするものだ。



そんな機械の動作が、
人間にもあってもいいのではないだろうか?





人間にも最初からなんでも設定すればできるようになる機能が欲しいものだ。
というより、あったほうが便利だと思うんだけれど笑
ブロガーならば
「ライティングスキル」ではあるが、
本気でその世界で生きるならばその世界の専門スキルを磨いて置かなければならないだろう。

それくらいに業界人とは難しい。
ラッキーパンチで生きられるのは少数、さらにその小数も時間が経つたび差が歴然と出てくる。
これが「洗礼」だ。
舐めて生きていければどの世界も常識が通じない。
常識とは、
「生きると覚悟したその世界でのみ通じることもある」
のだ。
どんなことがっても、

勝負を仕掛けてきたほうが負けやすい。
これは相手が先手を打つのだから、攻め続けなければ当然手が一歩先で相手よりも先に動かなければいけない差なのだ。


相手から攻めてきた場合、
守りからいけるから相手の攻撃が一回失敗したら確実にこっちの番だ。


戦いとは、手を出したほうが一番不利なのだ。
なんでもできるならば魔法でもあったら便利だと思わないか?

だが、
魔法なんてものは世の中を便利にするだけで、
たいしてこの現代で使えてもさして意味が無いように思えないか?


空を飛べたとして、
ジェット機に巻き込まれるような気がする。



それくらいに、
この現世は完璧なのだ。
一人称をボクということ。




もし、
それが俺であっても、さして世界は変わらないだろう。



そして、この世界が人が人をどう呼ぼうとも変わることはない。


問題は、
その人がその人をどう扱うかである。
言葉は交渉手段である。
そして、
相手をどうするかは、
決断することである。